2017年06月24日

平和呆けのその先は?


我が国は平和憲法を持つ世界唯一の平和国家である。

自衛隊はあるが、これは建前上は軍隊とはいわない。

軍隊はないのだから当然徴兵制度など将来も作ることは無理であろう。

つまり、我が国民は未来永劫徴兵される心配はない。

確かに、軍隊に徴兵されて戦場に行かなくて済むことは有り難いことではある。

しかし、これは、わが国の周辺諸国が、平和憲法の前文に謳われてるがごとき「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して・・・・・」「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において・・・・・・」というような善良で平和を尊重する国家である場合に限るのである。

では、周辺の中国や韓国、北朝鮮、ロシアは、果たして上記日本国憲法の前文に挙げられたような善良で公正な平和国家であろうか。

とんでもない。我が日本は、世界で最もたちの悪い国々に囲まれているのだ。

北朝鮮は、核兵器と弾道ミサイルの実験を繰り返して、気に食わないことをすればミサイルを撃ち込むぞと我が国を恐喝しているし、価値観を共有するはずの韓国でさえ、幼少時から間違った歴史を教えられて骨の髄まで日本を憎んでいる。
あれほど徹底的に日本に対する憎悪を教え込まれれば、当然の帰結として国民全体が反日一色に染め上げられても仕方がなかろう。

また、中国は、尖閣を、あわよくば沖縄までを取ろうと虎視眈々と狙っているではないか。

ロシアに至っては何を考えているかわからず、全く信用はできない。
おそらく北方領土を返す気など毛頭ないのだろう。
ただ、これらの島を餌にして、我が政府を釣っているに過ぎないのだから。

それなのに、これらの外国の脅威に対して、我が国民は平和ボケした頭で考える。

「北朝鮮が日本にミサイルを撃ち込むなどするはずがない」

「あの偉大な国中国が尖閣や沖縄が我が領土だといっているのならそうに違いない。返してやればいいではないか。そうすれば沖縄から米軍基地がなくなる。そのほうがかえって好都合」

「日本は戦前、朝鮮半島を植民地として韓国や北朝鮮の人民に迷惑をかけたのだから、嫌われて当たり前だ。どれほど謝罪してもし過ぎることはない」

そして、彼らは異口同音にいう。

「万が一戦争になれば、戦わず降伏すればよい。我々は全財産を持って外国に逃げるだけだ」

しかし、本当に戦争になれば一瞬で終わるのである。

日本の全都市は火炎地獄と化し、各地で侵攻してきた敵兵に蹂躙され、虐殺や暴行、強姦が横行し、日本人はこの世界から姿を消す。
そして、チベットやウイグルの悲劇がこの日本でも繰り返されるのである。

ひとたび国政のかじ取りを誤れば、日本は亡国の縁に立たされることになる。

いまやまさに戦後かってない危機がせまっていることを自覚しなければならない。

呆けている場合ではない。

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2017年06月22日

マスコミ報道は疑ってかからなければならない。


1991年12月にソ連が崩壊した。

それまで全世界を覆っていたコミンテルンの圧力は消散した。

当然、我が国においても社会主義思想は我が国民から見放され、力を失った。

しかし、三つ子の魂百までと言うように、この時代に洗脳され、叩き込まれた思想というものは一生、人の思考を左右する。
共産主義の総本山であるソ連が崩壊したにも拘わらず、依然として我が国のマスコミが、左に偏向し、自分の国を貶める報道ばかりしているのは、彼らが生きてきた昭和という時代のせいなのである。

特に今、重鎮と言われているようなベテランのテレビのキャスターやコメンテーターのほとんどが大なり小なり左翼思想に染まっている。

彼らがテレビのワイドショーで主張する言葉は、一見国民大衆に寄り添うがごとく耳に優しい。

最近のワイドショーは、お笑い芸人や芸能人をひな壇に並べ、それに教えるようにコメンテーターが数人。そしてこの番組を仕切るメインキャスターと女性キャスターで構成される。
あるいは、ひな壇なしで、コメンテーターの中に愚かなお笑い芸人やほとんど何の知識もない歌手や役者崩れを入れている場合もある。

そして、その番組は、一方的に現政府や内閣を攻撃する場合が多い。

解説するコメンテーターはほとんど過去、昭和の左翼教育を受け、反日マスコミのなかで育った連中である。

彼らが激しく現政権を批判し、攻撃したあと、何も知らない芸人や歌手、女優に意見を求める。

そもそも、芸能人は、マスコミの永年の操作により一般大衆にもっとも親しみやすく身近な存在になっている。

従って、彼らの言う一言一句は視聴者に何の抵抗もなく受け入れられよう。

芸能人達が、何の確たる知識のないままにコメンテーターのいう言葉をなぞって言えば、それを見ている視聴者はわけなくその言葉を信じ込むのである。

昨今の籠池騒動や加計学園問題のマスコミによる連日の安倍政権攻撃は安倍政権の支持率を10パーセントも下げた。

如何にマスコミの影響が大きいかということである。

ましてや、我々国民は戦後70年にわたってマスコミに洗脳され、操られてきた。

彼らは我々に重要なことは何一つ真実を伝えず、質の悪いな娯楽や捏造され操作された報道により、我が国民を思うがままに操ってきたのである。

この操作は、敗戦以来、一貫して行われ、また、あらゆるマスコミが同じことを主張していた為、だれもそれに気づくことなく現在に至っている。

我々は、まず、そのことに気付き、過去、マスコミが如何に嘘や捏造で我々を騙してきたかを認識しなければならない。

そして、これからは、決してマスコミ報道を頭から鵜のみにしてかかるのではなく、まず、疑うことからはじめるべきである。

マスコミ、特にテレビで報道されることを考えもなくそのまま信じて行動すると、とんでもない結果を引き起こすことにもなりかねないのである。

安倍政権の支持率が一割も低下したのは、如何に盲目的にマスコミに乗せられて行動する人間が多いかという何よりの証拠であろう。


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2017年06月15日

何故、日本国民は愛国心や伝統的価値観を失ってしまったのか。


戦後の日本人の大きな変化。これは堕落と言ってもよいがこの大きな部分は価値観の変化にある。

戦前の日本人は精神的にも物質的にも崇高な民族であった。

繊細な美的感覚は他に類を見ず、精神的な気高さは多くの欧米知識人の賞賛するところであった。

しかし、終戦後、GHQの占領政策により戦前の社会機構は代えられ、民主化と称して、戦前の物や文化は全て否定された。
そして、占領軍が去った後、引き続き我が国の伝統的な文化や価値観は、失われたままだった。

そのわけは、戦時中、留置場に入っていた反日思想犯は釈放され、中国に逃れていた野坂参三などの共産党員、そして、中国やソ連に捕虜になり洗脳された元兵士たちが大挙して帰国してマスコミやあらゆる業界に入り込んだことが原因である。

これは、彼らが戦後の我が国民の厭戦感を巧みに利用し、あれだけ甚大な戦禍を受けたのは全て戦前の教育や社会制度が悪かったせいだと信じ込ませた。

この洗脳の道具としては、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌などの書籍、その他のマスメディア、そして日教組による学校教育である。

では、何故当時の国民はGHQの日本人愚民化政策や中ソの日本共産化のプロパガンダにかくもやすやすと乗ってしまったのか。

それは、第一にこの大戦で230万人もの戦病死者を出したこと。第二に沖縄や国内でも戦闘に巻き込まれ、或は空襲で無辜の国民31万人が犠牲になったことがあげられよう。

この230万人に及ぶ膨大な人的損失は、戦後の復興に極めて大きな影響を与えずにはおかなかった。
焦土になった国土に残されたのは、家族を失い途方に暮れる女子供や病人であり、頼りの成年男子の多くは戦地で命を落としていた。

つまり、人材が枯渇していた。

そして、あの地獄のような空襲の惨禍を体験した人々の厭戦気分に乗じて、所謂「平和憲法」が制定され、その後の日本人の思考を決定したのである。

戦前までの半生すべてを否定された日本国民は、それまでの永い歴史や伝統、価値観や高い精神性を捨て去り、代わりに目の前に置かれた絢爛豪華なアメリカ文化に飛びついた。

その戦前までの価値観や民族の誇りを失い、自信を喪失した我が国民をGHQが去った後、次に国民の心を支配し、洗脳したのは戦前は中国やソ連に逃げていたり、国内に潜伏、或は刑務所に入っていた共産党員達である。

それに加え、ソ連に抑留され、あるいは中国に亡命していた野坂参三などに洗脳された捕虜などが復員してきてあらゆる場所に入り込み、日本国民の思考を支配していった。

では、その後、最も彼らの影響を強く受けたのはどの世代だったのか。

それは、戦時中に学童疎開し、兄や父を戦争で失った世代、或はその後のベビーブームにより団塊の世代と呼ばれた戦争を知らない戦後世代であろう。

昭和40年代、猖獗を極めた学園紛争の中でから生まれた赤軍派などの過激派がその代表といえる。

彼らがそこまで極端なテロ行為に走ったのは、当時日本全体を覆っていた左翼化の波に乗ったからに他ならず、いわば大半の国民の支持を受けての行動であった。

この頃の日本国民、特に戦後教育を受けた若い人達の心には、もはや、祖国に対する誇りも愛国心もなく、ただ、共産党や社会党のプロパガンダに乗せられて戦前の日本を憎み、恥じ、マスコミのいう自虐史観の虜になっていた。

このような社会風潮のなかでは戦前の我々の父や祖父の時代を正しく評価することなど到底無理な話である。

こうして、戦前のわれわれの御先祖様の培ってきた精神性や道徳観、そして高くも豊かな本物の日本伝統文化などは、それを担ってきた年代の人たちが世代交代していなくなるに従い次第に忘れられていったのである。
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2017年06月08日

特高警察と共産党

私達の父や祖父はそんなに悪人であったのだろうか。

しかし、実際にはそうではなかったのではないか。

何故なら、私の子供の頃、復員してきた近所のおじさんたちの話を聞くととてもそのようには思えなかったのである。

「日本軍の軍記は世界一厳しかったんじゃけえのう。そげえな悪りいことをするわけはなかろうが」そのおじさんに聞くと決まってそう言っていた。

また、戦争中の憲兵や特高警察は、言論を弾圧し、拷問や残虐な責めで自白を強要し、果ては容疑者を死に至らしめたなど、悪の権化のように言われている。

本当にそうだったのか。

私達の今の見方は、マスコミや戦後の思想、言論界を支配した左翼の言い分である。

物事は見方を変えれば、その評価は180度変わるものだ。

戦後、今まで私たちが教え込まれてきたことは、本当に正しかったのか。

もし、これが反対に、当時の左翼が極悪無道な連中であったとしたら。

そした、特高警察や憲兵などの官憲が、彼らの破壊活動を懸命に防ごうとしていたのならどうであろうか。

共産党員や左翼、彼らが後世の連合赤軍やオウムのような存在であったなら見方は180度変わってこよう。

現在の感覚でいえば拷問や虐待は決してやってはいけないことである。

しかし、時代は戦争中である。

多くの若者たちが戦場で血みどろの戦いを繰り広げ、夥しい戦死者を出しているときに、国内で反日活動をしたり、或は犯罪や明らかに反政府活動をやっている。

当然取り調べは厳しくなり、時には拷問まがいのこともあったかもしれない。

当時は今のような科学捜査は存在しない。そして、そのころの犯罪捜査は今以上に自白が重要視されていた。

当然、自白を得るためには、取り調べは厳しくなる。

ましてや相手は敵国のスパイかも知れず、コミンテルンの手先の共産主義者でもある。

ここで断っておくが、当時の共産党員は、今の共産党のように口先で聞こえのいいことばかり言っているようなやわな存在ではなかった。

いわば戦後の連合赤軍やオウム真理教のような犯罪者集団であり、本気で共産革命を起こそうとしていた連中である。

彼らは明らかにソ連コミンテルンの日本の支部であり、その目的は共産革命により日本の天皇陛下をロシア帝国のニコライ二世のように抹殺し、日本国体の乗っ取りをたくらんでいた。

例えば戦後も長い間参議院議員として国民の血税を吸い続けた宮本顕治は、昭和8年に共産党仲間の小畑達夫を目も当てられないほどの残虐なやり方で虐殺し、無期懲役を受けた。
このように日本共産党は仲間同士の密告、殺害を繰り返し、銀行強盗や警官殺しまでやっていたのである。

また共産党の親玉の野坂参三は、戦時中には中国の延安にいたが、そこで日本人捕虜に洗脳工作を行い、昭和19年にアメリカが視察団を延安に送った折、当時国内に潜伏していた2000ほどの共産主義者をアメリカの対日戦戦争に協力させると約束している。

この野坂が洗脳して手先に使った洗脳された日本兵捕虜の中には、戦後、731部隊や南京虐殺などを偽証してまわった連中もいたのである。

また、今現在、日韓の間で最大の問題となっている従軍慰安婦の問題も、その原因は吉田清治の大ウソが原因である。
この吉田清治はなぜこのような嘘をついたのか。
それは彼が共産党員であったからにほかならない。

如何であろう。

これで共産党が如何に悪辣無道な連中であるかお判り頂けたのではなかろうか。

彼らが戦後、口を拭って戦前戦中に自分たちが行った犯罪を秘匿するために、調査取り締まりに当たった特高警察や憲兵が如何に残虐な仕打ちを行ったかをマスコミを利用して広めたのである。

「我々は何一つ悪いことをしていない。官憲の残虐な取り調べに耐えきれずにやってもいないことを自白したのだ」ということにすれば自分たちの犯罪は追及されなくて済む。
そう考えたのだろう。

このように見方を変えれば、特高警察や憲兵は共産党や左翼過激派の犯罪を普通に取り締まっただけで特に残虐な拷問は全くなかったとは言わないが、そうそう日常茶飯事には行われなかったことがわかる。

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2017年05月31日

戦前の日本は本当に悪かったのか?

戦後、日本人は本当の民主主義を手に入れ、一時は世界第二の経済大国となり、豊かになった。

一方、先の戦争で日本の軍人兵士、軍属は230万人の人達が亡くなり、女性や子供、老人を含めた一般の無辜の国民は80万人が命を落とした。

彼らは一体何の為にその尊い命を犠牲にしたのだろうか。

私達は戦後の教育で、あれは全て軍国主義体制のもと、中国を侵略し、米国に戦争を仕掛けた軍部や当時の内閣が悪いと教え込まれてきた。
全ては日本が悪い。そして戦前の物は全て悪、或は評価に足らぬものとして国民の目から覆い隠されてきた。
ついには広島長崎への原爆投下さえ当時の日本政府のせいとされてしまった。

広島の原爆慰霊碑にはこう書いてある。

「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから」

これはどう説明しようとも、主語は原爆投下の張本人のアメリカではなく、被害者である我々であるとしか読めない。

これなど我が国の現代史上最大の欺瞞ではないのか。

この意味するもの。それは戦後、日本国中を覆った自虐史観の断片である。

そして、これを進めてきたのは、最初はGHQであるが、その後は、教育界や学会、マスコミを支配していた旧ソ連のコミンテルンによるプロパガンダであり、ソ連崩壊後もなお続いて現在に至る。

自虐史観。このせいで、現在に至るまで我々の御先祖様の戦前の事績は正当に評価されることはなかった。

本当に戦前は軍国主義の暗雲のたちこめた灰色の世界であったのか。

本当に戦前の日本は朝鮮半島を支配し、中国を侵略した後、米国に戦いを挑んだ愚かで野蛮な国民だったのだろうか。

中国や韓国がいう南京大虐殺や所謂従軍慰安婦の強制連行や虐待はあったのか。

そんな筈はない。

従軍慰安婦問題の根っこは、吉田清治という共産党員がでっち上げ、朝日新聞が尾ひれを付けて拡散した絵空事であったからだ。

また、南京大虐殺は、敵であった中国国民党のプロパガンダであったものを、今の中国共産党が政治的カードとして振りかざしているのだ。

戦後の昭和は、このように言論は左翼に牛耳られ、マスコミの論調は全て、近隣諸国は正しく、我が国は全て悪という自虐的なものであった。

ただ、平成に入り、インターネットの普及によって、それまでマスコミが独占してきた情報が、全て意識的にゆがめられ捏造された大嘘であったということが次第に明るみにでてきたのである。

しかし、戦後の昭和に教育を受け、マスコミに洗脳された世代はいまだに自虐史観の頸木につながれている。

そこで、考えてみよう。

彼らが信じて疑わぬように、本当に我々の父や祖父は外国に行って悪逆の限りを尽くしてきたのだろうか。

戦前の日本は、軍国主義一点張りの文化衰亡の時代であったのだろうか。

次にこの問題を考えてみよう。

タグ:自虐史観
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2017年05月28日

御先祖様は偉大であった。


戦後、我々は所謂平和憲法により、建前上は軍隊を持たない地球上まれに見る平和な国家となった。

そして、以後70年にわたり平和を謳歌し、物質的繁栄を享受してきた。

おそらく、世界中で最も幸福な国民であることに間違いはあるまい。

しかし、現在のこの豊かな生活は一体誰のお蔭であろう。

それは私達が一生懸命に働いたからだと多くの人達が考えている。

しかし、廃墟の中から立ち上がり、この日本を復興した基礎を築いたのは一体誰なのか。

それは私達の世代ではない。

私達の親や祖父母の世代が苦難の中から国土を再建し、我々戦後世代はそれに乗っかって滑っただけにすぎない。

この我々の父母や祖父母は、まさにあの大東亜戦争を戦い、戦死者230万人、空襲や戦闘に巻き込まれて犠牲になった一般人の犠牲者80万人を出した世代なのである。

つまり、今、平和と繁栄を享受している今の我々の現在の幸福は、全て、あの苦難の時代を生きた御先祖様のお蔭だということを忘れてはならない。

そして、その私たちの御先祖様は、実に素晴らしい人達であった。

私達の御先祖様たちは、GHQから戦後の教育やマスコミによって異常に貶められ無視されてきた。

そのせいで私達は戦前の父母、祖父母以前の先祖について驚くほど知らない。

これほどの恩恵を受けながら、最も愛すべき身近な肉親いついてこれほど無知であるということは、実に御先祖様に対して申し訳ないことである。

戦前の日本人が如何に優れた人達であったかということを知ることは、子孫である我々の義務ではなかろうか。(5月28日)

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2017年05月15日

日本人が外人に教えられる。何だこりゃあ。


最近のテレビ番組出演者の無知さかげんには驚くばかりである。

特にMC。

以前、NHKのアナウンサーについても言ったことだが、番組のMCをつとめるほどの人物なら、自分の国の文化ぐらい正しく理解していて欲しいものだ。

昨夜、何の気なしにチャンネルを変えていたら日本茶を氷水で淹れる方法をやっていた。

古舘伊知郎のバラエティー番組である。

出てきたのはスエーデン人の茶師だという。
日本茶インストラクターの資格を持っているそうで、日本茶のすばらしさを世界中に発信しているとかで、手揉み茶の助教の資格ももっているという。

しかし、氷水でお茶を淹れる方法は、昔NHKでもやっていたし、ネットを見ればそのやり方は詳しく載っている。

取り立てていうほど珍しいものではない。

何をいまさらと思って見ていると、ポイントは底の平たい急須だという。

底の平たい急須に茶の葉をたっぷり入れ、それを平らにならす。

そこに氷水をひたひたになる程度入れて三分ほど待つ。

それを、静かにおちょこぐらいの煎茶碗に注ぐ。お茶の量はその小さな茶椀のそこに僅か。

飲むというほどではない。

その、僅かなお茶を口に含み、味わった時のゲストの驚きようといったら。

甘い、甘いと大騒ぎ。さも、一大発見のようなことを言っている。

MCの古舘伊知郎をはじめ、数人いたゲストのだれもこのようなお茶を飲んだことがないという。

しかし、これは、一大発見でもなんでもない。

氷水を使うことを除けば、これは昔からある玉露の正式な飲み方なのである。

日本人なら当然知っていなければならない基本的な高級茶の飲み方なのだ。

それをここに何人もいる出席者の誰も知らないとは、如何に現代のマスコミ人が、日本文化に対する教養が欠如しているかということを如実に物語っている。

これだけゲストがいて、そして、古舘氏はベテラン中のベテランのアナウンサーである。

とうぜん、正式な玉露の飲み方ぐらいは知っていなければならない。

それを、外人に教えてもらわなければわからないとは、日本のアナウンサーの教養の程度が知れるのである。

正しい玉露の飲み方は、たっぷりの茶葉を使い、それに人肌程度に冷ましたお湯を葉が被るぐらい入れて、葉っぱが少し開くまで待つ。

そして、それを、専用の小さな玉露用の茶椀に均等に注ぎ分ける。

お茶の色は薄い山吹色。量は、小さな茶椀の底にちょびっと。

それを、そっと口に含むと得も言われぬ芳香が鼻に抜け、甘い甘露が舌を満たす。

これが正式な玉露の味わい方である。

大きな急須に少ない茶葉㋾淹れ、それに熱湯を注ぎ、大きな湯呑になみなみと注ぐというほとんどの現代人のやっているお茶の飲み方は、玉露や高級煎茶の飲み方としては大間違いなのである。
あれは番茶や寿司屋でだす粉茶の飲み方で、このやり方で高級なお茶を飲んではいけない。

折角の高いお茶が台無しになってしまう。

なお、玉露や高級煎茶を正しく飲む為には、専用の小さな茶器がある。
小さな急須に小さな茶椀、それに湯冷ましがセットになっている。

本物の煎茶や玉露を飲みたいのならこれを使うことをお勧めする。

ただ、最近は作られていないようなので、骨董屋さんにいけば、桐の箱に入って置いてある筈だ。

なお、番組で言っていた底の平たい急須と言うのは何の根拠も無い。

スエーデン人の単なる思いこみにすぎない。

そして、番組で底の平たい急須は見たことがないと誰かが言っていたが、あれも間違い。

昔はたくさん作られていたのである。

但し、これには大切なことが欠けている。

お茶の葉なら何でもよいわけではない。

番茶や安物の煎茶では無理である。

玉露か相当上級な煎茶でなければならない。

これを買うにはスーパーではなく昔からあるお茶屋さんで買うべきであろう。

しかし、今、お茶そのものが新しい品種のものに変わり、本当に美味しいお茶が少なくなっている。

この番組に一番欠けているのは、良いお茶の選び方について何の説明もなかたことである。

じつは、良いお茶の葉を選ぶことが最も大切なことであるのだが。


最近のテレビの番組を見てつくづく思うのである。

日本文化の基本中の基本であるお茶の正しい飲み方を、あれだけの人数がおりながら誰も知らない。

なんという情けないことか。日本人として当然知っていなければならないことを外人に教えられているのである。

恥ずかしいとは思わないのか。

少なくとも、テレビでMCをやるほどの人間はこれぐらいのことは当然知ってしかるべきであろう。

現代日本人は、我々の先祖が紡ぎあげてきた貴重な真の日本文化をもっともっと知らなければならない。

それなくして、胸を張って私は日本人だと言えるのか。

恥を知れ古舘さんよ。




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2017年05月09日

先祖の善行は子孫に帰ってくる


先に書いた母が被服会社の寮母をしていたときのことである。

近所に住む老婆が私の妹をとても可愛がり、いろいろなお菓子を持って来てくれた。

あまりにもよくしてくれるので、母が礼を言うと、驚くべき話をし始めた。

「私は若い頃、この子のおじいちゃんに大変世話になったんよ。今、こうして生きて幸せに暮らしていけるのもみんなJ子ちゃんのおじいちゃんのお蔭。キリストさんの工場のお蔭じゃけえな。あの工場のお蔭で私以外にも多くの人がどれだけ助けられたことか。こうしてお嬢ちゃんにたまにお菓子をあげるぐらいそれに比べたら何でもないことじゃ」
そう言ってほほ笑んだが、それ以上詳しいことは何も言わなかった。

その老婆は、その後も、私の妹を我が孫のように可愛がってくれ、母がその会社を辞めて引っ越す時には、寮の門の前に立っていつまでも見送ってくれたという。

その話を母から聞いたとき、私は不思議に思った。

はて、祖父は一体何をしたのだろう。

確かに祖父は會社を設立して多くの人を雇用していた。

また、救世軍に入信し、山室軍平について日本中はおろか朝鮮まで出かけていたという話は父から聞いた覚えがあった。

しかし、それが人助けと何の関係があるのだろう。

祖父は昭和12年に亡くなっている。

その後は父の兄が會社を継ぎ、戦時中に父が郷里に帰って兄を支えて工場の経営に加わった。

しかし、私の覚えている限りでは、父の會社は至って普通の何の変哲もない工場で、キリストの工場などと呼ばれたことなど聞いていなかったのである。

ただ、当時としては驚くほど労働条件がよく、始業時間は午前9時、12時から午後1時までは昼休み。
この、昼休みには、父はお昼を食べに家に帰って来ていた。

午後5時になるときっちり工場の機械を止めていた。

このことは、祖母が工場に行き、終業のサイレンを鳴らしていたことははっきり記憶に残っている。

また、日曜日は休日で土曜日は半ドンであった。

これは、当時の地方の田舎町の中小企業の工場としては珍しかったのではなかろうか。

その老婆の話は、当時、私がまだ若かったこともあり、それ以上深く詮索することもなく忘れていた。

その40年の後、私は定年を迎えたのを機に家譜を作ろうと思い立った。

私の家族は、父を無くして以来、実に多くの人達の恩情に触れ、また、世話にもなった。

その恩を忘れないためにも記録を残しておこうと考えたのである。

その為、戸籍謄本を取り寄せたり、我が一族でただ一人残った伯母に手紙を書いて祖父のことを問い合わせたり、家系のことについていろいろと調べ始めた。

そこで、祖父の事績がわかったのである。

まず、祖父は、カタン糸の製造の會社を起こし、結婚もして子供もできた。

さあこれからというときになって、日本の救世軍の創始者の山室軍平の講話を聞いたのである。

このとき、感動のあまり、たちまち山室に私淑し、即座に救世軍に入信したという。

そこまでは良かったのだが、それだけでは飽き足らず、妻子を捨てて、山室について救世軍の活動に専念したいと言い出した。

たちまち親戚縁者、會社関係を巻き込んで大騒ぎとなった。

親戚中総がかりで説き伏せ、なんとか、会社と家庭の崩壊だけは免れたが、救世軍の活動だけは続けることになった。

しかし、事実上、会社の経営は祖母が一手に引き受け、祖父は救世軍の活動に一気にのめり込んでいく。

そして、困窮し、食べることさえできぬ人達を多く連れて帰り、職をあたえ、或は寄宿させた。

その為に会社の会計は常に火の車で、当時の町の人は、「川の水はさかさまに流れても○○○○会社の立ち直ることはそれよりも難しい」と言っていたという。

これには祖母の苦労、心労は並大抵ではなかったらしいが、祖父に何一つ文句を言うでもなく、思うようにやらせていたそうである。

そのころの記憶がよほど嫌だったのかもしれない。

子供の頃、父に祖父のことを聞くと黙して語らず、そのため、私は、祖父のことは何一つ詳しいことは知らされることはなかった。

山室軍平は公娼制度に反対し、外地まで足を伸ばして、娼婦に身を落とした気の毒な人たちを助けていたと言われている。

おそらく、祖父が連れて帰り、世話をしていたのは、そういった人達だったのであろう。

そこでふと思い出した。

母が被服会社の寮母をしていた時期、妹を可愛がってくれたあの老婆の話を。

あれほど祖父に恩を感じていた理由が。そして、そのことについて詳しくは語らなかった訳が。

あれから40年経った後に、ジグゾーパズルがぴったりと収まり、永年の疑問が解けたのである。

そして思った。

祖父の遺徳が細やかながらここにまで及んでいるということなのであろう。

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2017年05月08日

ここにもあった女工哀史

先に、昔の企業経営者にはそれなりの仁徳があったということを説明した。
それゆえに何代にもわたって繁栄を続けてこられたのだと思う。

しかし、私は、昔の企業が全て良かったとは言っていない。
昔も悪徳商人は居たし、悪徳業者も多かったことは今も昔も変わらないことは言うまでもないことである。

これは、所詮人の世、善良な人間もいれば悪人もいるこの世の宿命であろう。

ただ、戦前から戦後まもなくまでの間には、まだ、人のためにお金を惜しまぬ徳のある人が今より遥かに多かったことは事実である。

これは、敗戦により、戦前の価値観や道徳というものが全てなくなり、戦後の混乱から新しく成りあがった人たちにとって代わられるにおよび、ただ、金銭の儲けだけが唯一の価値判断となってしまった。

これは現在も続いている。

昭和39年ごろのことである。

私は二年前に父親を亡くし、父の経営していた会社も倒産寸前に陥った。

共同経営者であった父の兄、つまり伯父から、残された父の家族は養うことができないと言われ、住み慣れた家を出ることになった。

ただ、私は長男であることから学費は祖母が出してくれていたので、広島で一年間の予備校生活を送ることになったが、母や弟、妹の残された家族については何の生活費も貰うことなく家を出されるはめになったのである。

母は、隣の県の内陸部に位置する小都市の被服会社の寮の寮母として住み込みで働くことになった。

住まいは女子寮に隣接する6畳ばかりの部屋で、そこにこじんまりとした流しがついている程度の粗末な部屋であり、隣の寮との境の壁はいくつも穴や隙間が空いていた。

その穴からよく寮生がこちらを覗いていたようだが、しばらくの間そのことには気づかなかった。

何しろ、軒は傾き、壁はところどころ穴が開いて中の竹や藁が露出した、寮とは名ばかりのあばら家である。

盆地の冬はとりわけ寒さが厳しく、隙間だらけのバラックに等しい寮では、その寒さは耐えがたいものであったろう。

ある時、あまりの寒さと空腹に耐えかねて、寮生が数人で一袋5円程度のインスタントのお汁粉を作って食べていた。

そこへ来合わせた社長夫人がそれを見咎めてこっぴどく叱ったという。

それを見かねて母が庇ったところ、その社長夫人はこう言ったそうな。

「人間、若いころは買ってでも苦労しなければろくな人間にならない。私は厳しいことを言うようだがこの子たちに我慢ということを教えているのだ。甘やかしてはこの子たちの為にならない。お汁粉など贅沢だ」

しかし、たった5円のインスタントのお汁粉である。それを飲んで何が贅沢か。

その話を聞いた時、私は心底腹が立った。

安い給料で早朝から夜遅くまでこき使われ、疲れ切って寮に帰っても冷たい隙間風が吹き込んで来る。ろくな食事を与えられていないためにお腹が空いて眠れない。

何しろまだ16歳前後の子供たちである。それが親許をはなれ、働いているのである。

何も贅沢なものを食べているのではない。インスタントのお汁粉ぐらいいいではないか。

それを贅沢三昧で暮らしている社長夫人が贅沢だという。

夜になると、家を恋しがって泣く声が薄い壁の向こうから聞こえてきたという。

寮生は、中学を出たばかりの幼さの残るまるで子供のような女の子ばかりであったが、その子たちには実に過酷な労働が課せられていた。

給料は歩合制で、働かなければ一銭にもならないし、一日のノルマが決まっていて、それをこなさない限り寮に帰ることもできない。

数人でグループを作り、一人が遅れると全体が責任を負わされる。

仕事は動力ミシンを使っての服の縫製だったが、これでよく怪我をしていた。

朝早くから夜遅くまでの過重な労働である。疲れ切ってつい注意力散漫になり、自分の手を縫う。

こうして仕事で怪我をしても、少しぐらいでは医者にも連れて行ってもらえず、血で汚れた商品は少ない給料から差っ引かれる。

このような過酷な労働を、普通なら高校生の年頃の子供たちが強いられているのである。

あるとき、この會社の社員募集のパンフレットを見た時驚いた。

そこに掲載された寮の写真は、鉄筋コンクリートの実に立派な建物であった。

しかし、実際は粗末な壁は隙間だらけのあばら家の長屋である。

会社の求人係は、このコンクリート造りの立派な寮の写真を見せて親を説き伏せたのだろうか。

母はこの子たちの余りに哀れな状況に見ていられず、一年足らずでこの会社を辞めてしまった。

東京オリンピックで日本国じゅうが湧いていたころの話である。

今でいえば文句なしにブラック企業だが、そのころはまだまだこのような会社は多かった。

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2017年05月05日

「もったいない」をもう一度


先に現在の企業経営者の人間性、仁徳の劣化を書いた。

しかし、これは、彼らだけが悪いと言っているわけではない。

彼らは現代日本人である。

彼らが人間として劣化しているということはとりもなおさず日本人全体が劣化、愚民化していることになりはしまいか。

今まで散々書いてきたことは、戦後のGHQによるそれ以前の価値観や文化の否定、物心両面で行われてきた大改革から、マスコミによる永年にわたる国民の洗脳により、我が国民は戦前の我々の先祖の持っていた文化や道徳的徳性を全て失ってしまったということなのだ。

我々の先祖は、実に高邁な文化を持っていた。

確かにそれは現在も維持されているかのように見える。

しかし、そのレベルはまるで違うのである。

というより、以前書いたとおり、中身がまるで別物にすり替わっているのだ。

それはあらゆる日本固有の文化から精神的なものや人間としての徳というものに至るまですべて失われてしまっている。

それも当然なのかもしれない。

何故なら、生活様式がまるで変わってしまっているのだから。

つまり、生活様式が和風から洋風にかわり、畳の生活から欧米式の椅子やテーブルの生活となり、家族が布団を並べて寝る生活からそれぞれ個室を与えられ、プライバシーを尊重された生活となった。

そして何よりも大きく変わったことは、日本人が豊かになったことだろう。

それまでの日本人の生活は実に質素で慎ましいものであった。

物を大切にし、決して無駄なことはしなかった。

江戸時代は究極のリサイクル社会であったが、その精神は、終戦後もしばらくの間は残っていたように思う。

私の子供の頃は、しきりに勿体ないということを母から言われてきたものだ。

しかし、昭和40年代を境に、これが変わり始めた。

高度経済成長期に入り、物が豊かになり、日本人の生活は格段に豊かになった。

そして、大量生産、大量消費の時代が到来する。

今まで、職人の手作業により作られていたものが、機械により大量生産され、価格も大幅に低下したために、庶民誰もが手にできるようになった。商品が世に溢れ、安く手に入れることができるようになったため、勢い使い捨てるようになる。

食べ物は世界中から安く輸入され、人々は飽食に明け暮れる。

こうして大量生産、大量消費の結果、世界はどうなったのだろう。

富の偏在と格差の増大によりますます世界は不安定になってきている。

世界規模の資源やエネルギーの大量消費のせいで、地球規模の温暖化が進み、異常気象や天変地異に見舞われている。

もしかして、我々人類は滅亡の縁に立たされているのではないか。

大量消費による資源の枯渇に加え、貧富の差による社会不安の増大が世界を覆っている。

今ここで我々は立ち止まり、自分たちの生活態度を見直す時期に来ているのではなかろうか。

一時期、ケニヤのワンガリー・マータイさんによって提唱された「もったいない」という日本語が世界的に注目されたが、当の日本人ほど今現在、この言葉の似合わない国民はいないであろう。

使い捨ての時代だと愚かなマスコミにそそのかされ、大量消費と飽食にうつつを抜かす現在の日本人。

これほど「もったいない」とうい言葉と縁の遠い国民はあるまい。

農業や漁業の生産者人口は減り、地方の農漁村は崩壊し限界集落が増えている。

当然、あとを継ぐべき人々が都会に出て消費者側にまわっている。

イソップ寓話のアリとキリギリスの話の生産者たるアリがいなくなり、消費するしか能のないキリギリスばかり増えていけば、この先、この国はどうなることだろう。

大切なことは、我々の御先祖様の持っていた「もったいない」という言葉を、もう一度私たちのものとして生活の信条とすべきであろう。

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2017年04月30日

現代日本の企業経営者


昔を知らない今の人たちは、自分達は昔の人より数段進歩した人間だと信じている。

本当にそうだろうか。

特に人を雇用する企業経営者はどうであろう。

確かに、科学技術の発達により生活は格段に快適になった。

医学の進歩は、昔は不治の病と言われていたり死に至る感染症を克服した。

そして、医療技術の発達は多くの人を死の淵からすくいあげ、大幅に寿命を延ばした。

家は断熱性の高い素材で工場で大量生産され、エアコンで年中快適に過ごすことができる。

周囲には電化製品に溢れ、食べ物はスーパーにいけばなんでも手に入る。

一家に数台の車を持ち、日本国じゅうに張り巡らされた高速道路網で短時間でどこにでも思うところに行ける。

さらに、新幹線に乗れば、朝早く家を出れば、昼頃には東京に着く。

また最近では、パソコンのキーボード操作だけで簡単に世界中の品物が手に入る。

このような快適で便利な生活は、我々の子供の頃にはおよそ想像もつかない夢の世界ではなかろうか。

おそらく、戦前の人たちからみれば、まさに極楽に見えたことであろう。

では、現在は極楽であろうか。

そんなことはない。

それは以前にも述べた通り。

相変わらず戦争や闘争は起きているし、独裁者による圧政は減ってはいない。

むしろ、米ソの冷戦時代よりも悪くなっている。

また、欧州各国に流れ込むアフリカや中東の難民の多さは前代未聞である。

一部の先進国のみがこれらの豊かで快適な文化生活を謳歌してるが、その他の国の多くの国民は、相も変わらず戦争や弾圧に逃げまどい、命の保証さえないといった状態に置かれている。

つまり、幸不幸の格差が大きくなっているだけで本質はなにも変わっていないのだ。

こうして見てくると、時間の経過は一向に人類全体を幸福に導くことはないということであろう。

むしろ、問題は格差ではなかろうか。

この格差はどこから生まれるのだろう。

もちろん人間である。

世界のグローバル化により、富が世界規模で移動する。

そして、それは先進国に集中するため、その格差たるや以前では考えられないほど開いてしまう。
富める者はより豊かになり、貧しきものはさらに困窮する。

富が世界規模で移動すれば、勢い富の欠如したところが増えるのは自明の理であろう。

そして巨大な富を持ったものは権力も手にする。

金の力で人を動かし、国をも操る。

富は富を呼び、金は金をよぶ。

そして、その金はどこから来るのか。

富裕層以外の貧困層を含めた一般大衆からである。

かくして、富める者はよりその富は増加し、貧困層はますます貧しくなってゆく。

これは我が国の現実である。

この偏在する富を貧困者に分け与えるにはどうすればよいのだろう。

富の公平な分配は政府の仕事である。

ところが、現政府の支持母体は財界である。

富める者、すなわち財界が自分たちの利益の為に与党である自民党を思うように動かしているから、いつまでたってもその富の不均衡は是正されることはない。

つまり、現在の我が国の貧富の格差の元凶は財界なのである。

経済界、企業経営者が単なる金の亡者、集金マシンになり果てているからこれだけの経済格差が生まれているのだ。

ここで以前私が書いたことを思い出していただきたい。

戦前までの我が国の富裕層は、単なる集金マシンではなかった。

もちろん、すべてではないものの、多くの人たちが貧しい者に手を差し伸べ、公共事業や慈善事業にお金を出した。

また、優秀な人材には無償で学資や資金を提供していたのである。

つまり、現在では政府がやる仕事を、個人、或は団体や会社がやっていたので、現在のように社会福祉予算が膨大な額にのぼることはなかった。

また、一般庶民の方も、お互いに助け合い、決して公を頼ることはしなかった。

国や市町村からのお金などはなから当てにしてはいなかったから、社会保障費で国や地方自治体の財政が圧迫されることもなかったのである。

ところが現在はどうか。

企業経営者は生活できないほどの安い給料で従業員をこき使い、自分の能力不足で経営が悪化すればいとも簡単に解雇する。

そこには昔の人ほどのの恩情のかけらもない。

あるのは、金に対する執着と我欲のみである。このようなブラック企業ばかりが目につく。

そもそも、人を雇うということはそう安易に手を付けるべきことではない。下手をすれば、その人や家族の人生をも左右しかねない。

人を雇用するということは、相当な経済的な余裕と何よりも経営者としての仁徳が必要なのでである。

戦前、あるいは、高度経済成長期までの経営者はこれがあったと思う。

ところが今現在はどうか、大企業でさえブラック企業化し、中小企業に至っては、その耐力のなさから従業員は低賃金に呻吟しているのが現状ではなかろうか。

さらに、外国人の労働者を企業研修生の名目で安い報酬でこき使う。多くの企業がこの制度に頼り切っているのも事実であろう。

日本人、外国人を問わず、低賃金で人を働かせる。これは明らかに企業経営者としての資質に問題がある。

どうしても人手が必要なら、それ相応の待遇を与えなければならない。

それさえできないようなら、その経営者はとっととその企業をたためばよろしい。

このように、現在は、人を雇う能力も仁徳もない人物がただ金や己が自己顕示力を満足させるためだけに会社を経営している者が多い。

当然、その従業員の給料は安く、その待遇も劣悪である。このような劣悪な企業経営は、もう一度ご先祖様の持っていた事業経営者持つべき仁徳を思い起こすべきであろう。

もっともそれができればブラック企業など存在しないのだが。


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2017年04月26日

昔の日本人は優しい人達であった


先日、昔のと言っても戦前までの話だが、日本人の有徳人について説明した。

これは富裕層の話だが、一般の庶民でも、近くに経済的に苦しむ人や病気の人などがいれば、その親類や近所の人達が助け、援助していたのである。

もっとも、これは全ての人達がそうであったなどと言うつもりは無いが、昔の日本人、つまり我々の御先祖様たちは、身近に困った人がいればその人達に援助の手を差し伸べる仁徳のある人が多かったということなのだ。

昔は今のような社会福祉制度などなく、当時の人たちは、はなから国や市町村などに期待してはいなかったので、当然、そのような「人助け」というものは個人の好意に頼るほかなかったのではあるが。

終戦後も、私の子供のころは、そのような話は周囲にたくさんあった。

かくいう私も、父を早く亡くしたために大学進学を諦めていた。
そんなとき、叔父が学費を出してくれたのでまがいなりにも大学を卒業することができたし、母が癌に倒れた時もこの叔父が医療費を工面してくれたのである。

また、こういう話もある。

私の子供の頃、近くに、高校の校長先生が住んでいた。
この先生は温和な人格者で、弟さんが亡くなったあと、その甥御さんを私立大学に進学させ、その学費から生活費まで面倒をみてやったということであった。

当時の先生の給料は、校長といえどそんなに高いものではなかった。
そのため、一度に二人も私立大学に行かせる余裕はなく、自分の子供は学費の安い国立大学に行かせるために数年浪人させたのである。

また、我が親友、T君の父上は、その村内きってのの秀才であったが、百姓に学問はいらぬということで、旧制中学への進学を諦めるところであったが、隣家の夫婦の好意で中学に進学することができた。

その後、T君の父上は、陸軍士官学校に進み、戦時中はコレヒドール島で大活躍し、陸軍大尉で終戦を迎えたということである。

昔は、こういったことは、数多くあり、とくに珍しい話でも何でもなかった。

注目すべきは、これらの経済的支援をした人たちは、決して裕福な人たちではなく、苦しい生活の中から苦労して学費を工面して援助をしていたのである。

このような事は、昔はありふれた話ではあったが、いざ、実際に自分が行うとなると、これは実に大変なことで生半可な思い付きでできることではない。

それだけ昔の人達は人情にあつく、近くに困った人がいれば助けずにはいられなかったということなのであろう。

自他、わけ隔てのない他人への恩情、つまり徳があった。

いま、盛んに外国人が来日して、日本人の民度の高さに感嘆しているようだが、日本人とすればこれはあたりまえのことである。

列を作って電車に乗車したり、公共の場所をきれいにしたり、また、地震や津波や洪水、台風などに被災したばあいでもパニックにもならず整然と行動し、暴動や略奪も起きなかったなどは日本人とすれば当たり前のことで、これは、従順で秩序を重んじる我が国民の特性である。

しかし、これをもって、昔の我々の御先祖様の持っていた仁徳があるかといえばそれは別物であろう。

現在、周りを見渡しても、我々の父祖父のような仁徳を備えた尊敬にたる人物は見受けられない。

我々は、すでに忘れ去られた御先祖様、それもほんの二〜三世代前の父や祖父以前の先祖についてもっと知らなければならない。

現代日本人は、あまりにも自分の身近な先祖について無知であるからだ。



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2017年04月24日

英雄、偉人を支えた本当の功労者


現代日本人の失ったもの。そして、それは昔の我々の父や祖父の持っていたもの。

それは、仁徳であろう。

他人に対する思いやりの心。それがなくなっていはしまいか。

戦前まで、そして戦後でもしばらくはこのような徳のある人たちが残っていた。

江戸時代には、裕福な商人や庄屋、名主などの人たちは有徳人とも呼ばれ、神社やお寺に多額の寄進をし、また、地域経済の為に干拓事業や新田開発を行ったり、治水や防災のためにお金を出したりしたのである。

もちろん、それらの大掛かりな工事はその土地の藩や領主の仕事であるが、藩にはそのようなお金があるわけではなく、その土地の分限者、有徳人が私財を投げうって地域の為に働いたのである。

今でも、江戸時代に作られた堤やため池などにはそれらの有徳人の名前がついているものも多い。

また、明治維新を成し遂げたのは、これらの人々のお金の力である。

特に長州藩では自ら奇兵隊に入り、全財産を維新に捧げた白石正一郎のような人も数多くいた。つまり、明治維新は彼らの財力なしには成立しえなかったのだ。

これらの有徳人たちは、決して表に出ることはなく、ただ、ひっそりと歴史の影に隠れてはいるが、彼らの力なくしては、日本の歴史は決して回ることはなかった。

このように、歴史上の英雄、偉人、文化人などが思う存分活躍できたのは彼らの経済的な援助があってのことである。

野口英世にスポンサーがいたのは有名な話だし、文豪の島崎藤村には星野天知という援助者がいて、よくお金の無心に行っていたことが彼の作品にも書かれている。

戦前の金持ちは、大なり小なり財を成せば、人や地域の為に使ったものであった。
もちろん、例外もあるし、その財力を悪用して悪事を働く者もいたことは言うまでもない。
所詮、人間のやることだから良い人間も悪い人間もいた。

しかし、多くの分限者から一市民に至るまで、多くの人達が国、地域や人のために私財を投げうち、或はその一部を人の為に使い、何一つ見返りを求めなかった。

このことはもっと認識されてもよいのではなかろうか。

本当の意味での我が国の歴史を作ったのは、小説の主人公になるような英雄ではなく、それを裏から支えた名もなき有徳人たちなのである。

如何に英雄、偉人といえど彼らの経済的援助や協力無しでは何事も成就することはできなかったのだから。


タグ:有徳人
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2017年04月20日

日本人の頭の中・これで良いのか日本人

これで良いのか日本人

今や、我が国は、一つ間違えれば北朝鮮のミサイルがとんでくるやもしれず、朝鮮半島では実際に戦争が起きるかもしれないという危機状態にある。

ところが、この期に及んで我が国民はいまだに太平の夢醒めやらず、相変わらず平和呆けの状態にある。

彼らの頭を占めていることといえば、GHQや日教組マスコミによって植え付けられた左翼のプロパガンダとしての自虐史観。
おめでたい性善説に基づく平和論や、人権という名の利己主義。
そして、最近顕著なのは、テレビなどの画面を埋め尽くすスポーツや芸能、グルメ番組のせいで、国民全般が、すっかり正常な感覚を消失していることである。

これらはいずれもテレビをはじめとするマスコミによって植え付けられたものにほかならない。

何しろ、戦争の危機や、国の一大事より一スポーツ選手の引退の方が大きく取り上げられ報道されるお国柄である。

また国会では、大切な法案の審議をそっちのけで、一地方の幼稚園経営者の問題ばかり連日追求する野党と、それを毎日毎夜、面白おかしく報道するマスコミの異常さはどうだ。

さらに、少し前には、アイドルと歌手との不倫報道が国政の報道より遥かに大きく取り上げられ、連日連夜、うんざりするほど報道されていたことも記憶に新しい。

これは何を意味するかといえば、国民大衆にとって、政治や国際情勢、経済問題よりくだらない芸能ゴシップやスポーツ選手の動向の方が大切だということであろう。

国家の一大事よりも、芸能ゴシップやスポーツの方が国民にとって大切。

というより、毎日、エンタメと称する芸能ネタ漬けやスポーツ漬けとなっているというほうが当たっているかもしれない。

こうした本当に大切な報道をそっちのけで、知る必要もないくだらない映像ばかり見せているいるのはテレビをはじめとするマスコミである。

そして、その内容たるや実にレベルが低い。

その実に低いレベルのものをさも高レベルなものの如く報道し、視聴者を洗脳する。

考えてみれば、これは実に危険なことである。
これを70年もやられれば素直な我が日本人は、完全に洗脳されて、ものの価値の上下も、事の善悪も見えなくなってしまい、ただマスコミに誘導されるがままに無意識に行動するようになる。

前にも言ったことだが、民主主義の正しいあり方は、賢明な国民と正しい情報である。

ところが、我が日本は、敗戦以来、GHQやコミンテルンの手先の左翼と、それに乗っ取られたマスコミにより大嘘の情報を吹き込まれ、それが70年も続いていたのである。

これでは、日本国民が正確な情報など持ちえる筈もなく、嘘や捏造された情報や、単なる娯楽、しかも極めて低レベルの娯楽の海にどっぷりと頭から漬かり、脳みそが発酵しているのではないかと思えるほど愚民化しているように見える。

その結果はどうだ。

我が国民の幼稚化は目を覆うばかりではないか。

本来は子供の遊び、娯楽であるはずの漫画やアニメ、ゲームなどに大の大人が熱中する。

電車に乗れば、周りの客のほとんどがスマホ片手にメールやゲームに熱中している。

これを見ても誰も不思議とは思わないのが不思議である。

まるでスマホに操られているロボットに見えはしまいか。

確かに子供の時にはこれらの娯楽に熱中するのもよいだろう。

しかし、人間は大人になるに従い精神的に成長する。

そして、現実を見るようになりこういったものから次第に離れて行くようになる。

それがまともな大人というものだ。

ところが実際は30代40代になってもまだこのような子供の遊びから離れられないとしたら、この人物は精神的に大人になりきっていないのではなかろうか。

みんながやっているのに俺がやって何が悪い。人の勝手だ。他人がいらんことをいうな。

そういう声が帰ってきそうだが。みんながやっているからこそ問題なのである。

一人や二人がやっているのなら問題はない。

但し、私は、漫画やアニメ、ゲームが悪いと言っているのではない。

問題は、マスコミ、特にテレビがこのように国民大衆の意識を自由に操っていることが悪いと言っているのである。

ただ、最近は、インターネットの普及により、テレビや大手のマスコミ以外から様々な情報が得られるようになった。

そのため、若い人たちを中心に、大手マスコミの洗脳から覚醒しつつあることはせめてもの救いであろう。

ただ、このインターネットそのものも玉石混合で、正しい情報を選び出すのは至難のわざであるが。


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2017年04月12日

かえるの煮方

ゆでがえるはどのようにして煮られていったのか。

ただ、最初はかなり火力を強くした。

これを行ったのは、戦後、日本を占領した進駐軍、GHQの政策であった。

それまでの戦前、戦中の日本人は、お湯どころか氷のように堅固な意志をもって大東亜戦争を戦ってきたのだから。

進駐軍としてはまず、この氷を溶かす必要があった。

それがGHQの戦後の大改革である。

所謂平和憲法により、軍隊は解体され、世界でも稀な軍隊のいない国となった。

天皇陛下は現人神から日本の象徴となり、財閥は解体された。

また、農地改革によりそれまでの農業基盤であった地主によるある程度組織だった農業経営から、農民個人個人による零細な農業経営と変えられた。

また、それまでは一部の男性のみの特権であった選挙権も全国民に与えられた。

中でも、もっとも日本の将来に大きな影響を与えたものは、教育改革であろう。

それまでの戦前の教育や伝統は全て間違ったもの、古臭く価値のないものとして否定され放逐されたのである。

そして、日米講和条約が結ばれ、進駐軍は去り、日本は独立した。

日本が独立した後も、進駐軍により氷を溶かされた日本という鍋にいる蛙、つまり日本国民は、その後もゆっくりと、とろ火で加熱されていった。

大東亜戦争では、日本全国の中核都市は焼夷弾で焼きたてられ、広島、長崎には原爆が落とされ、沖縄は戦場となって日本全体が阿鼻叫喚の地獄と化した。

そして、何よりも耐えがたい悲劇は、兵隊にとられた多くの男たちが帰って来なかったことであろう。

その結果、敵として見られていた米進駐軍への憎悪の方向を戦前の日本軍国主義へと転換させ、敗戦による厭戦気分をうまく利用して、平和の名のもとに日本を統治したのがGHQである。

その後、この平和という言葉が金科玉条のごとく日本人の最も大切な言葉となり、戦後の日本の方向をきめてしまった。

戦争が終わると、国外に逃亡していた共産主義者や社会主義思想を持っていた学者が帰って来てマスコミや教育界や学会に入り込み、戦後の日本の言論や思想を支配したことは以前に書いたとおりである。

彼らが徹底的に我が国民に植え付けたのは日本国憲法に謳う、平和、人権、平等などの目に見えない観念である。

そして、これらの観念は、日教組により教育の場で、それ以降はマスコミによってとろ火でお湯を煮たてるがごとく、井の中の蛙である我が国民を煮上げていったのである。

特にその影響を強く受けたのは、団塊の世代以前の老人層であろう。

70年近くもとろ火で煮られれていれば、すっかり骨まで柔らかくゆであがっているのも無理はない。

脳味噌は平和呆けでとろけてしまっているから、マスコミの操るままに何も深く考えることなく行動する。

大切なことは、この人達が一日もはやく頭を冷やして自分を取り戻し、マスコミの呪縛から解き放たれることである。




posted by HOK大臣 at 18:24| Comment(0) | TrackBack(0) | マスコミ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする